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画 2 が星家の間取りである。物置に出窓がついているのもなんだか変な話だが、各コマの描写を検討していくと、そうなるのだから仕方がない。もっとも、出窓といったって今のイメージとはずいぶん違う。単に「出ている窓」程度の代物だ。 そして、飛雄馬と明子の部屋があるとの結論がでたのも意外だった(検討した我々自身が意外だったのだから、他の人がにわかに信じられないのも無理ないかもしれない)。 ここで言及しておきたいのだが、「巨人の星」においては、間取りに限らず、いくつもの矛盾する描写が存在する。その矛盾をそのまま受け入れると、例えば 磯野家にはトイレが"ン"個もある」(5) 式の、常識と相矛盾する事実を受け入れざるを得なくなる。 本リポートでは、「A」と「B」の相反する描写のどちらがより妥当かという取捨選択をその都度行っている。例えば、飛雄馬と明子の部屋の存在については、窓のついた押入ととるのが妥当か、作品中一度も描かれたことのない秘密の部屋があったととるのが妥当か、という二者択一の結果による。 | |
画 2(星家間取り・平面図) |
画
3 「巨人の星」(講談社KCスペシャル)第1集、27ページ 長嶋茂雄の入団発表の席上、長島に魔送球を投げつけ逃げ帰った飛雄馬が星家玄関の前で涙をぬぐっているシーン。 |
画 3 は、作品中星家が初めて登場した場面であり、平面図
A の視点から描かれている。
ところでこの建物、ずいぶんくたびれた長屋に見える。この場面の時代設定は、昭和33年である。星家の住所は、河崎実氏の検証によると、「東京都荒川区町屋9−16」と特定できるそうだ(6)。たぶん戦前に建てられた長屋なのだろうが、残念ながら我々には、当時の建築様式に関する知識がない。その知識があれば、星家の間取りの推定はより根拠のあるものになるのだろうが。 |
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4 「巨人の星」(講談社KCスペシャル)第1集、27ページ 飛雄馬が家の中に入ってみると、一徹がテレビを壊して酒を飲んでいるシーン。 |
画 4 は、平面図B からの画である。 この茶の間、意外と広い。ここに描かれている当時7歳と推定される飛雄馬、一徹、明子の身長から推定すると、概ね 8 畳ほどか。 |
画
5 「巨人の星」(講談社KCスペシャル)第1集、35ページ あの有名な、針の穴を通すコントロールを養った、壁の穴目掛けてボールを投げたシーン。ボールは外の木に当たり、跳ね返ってきている。近くにはその穴から屋内を覗き見しようとしていた川上が腰を抜かしている(長嶋の入団発表の会場から、魔送球を投げる少年 = 飛雄馬の後をつけてきていた)。 |
そして、画 5 は平面図 C からの画である。 星家には庭があったらしい。ちなみに画の中に描かれているボールは、家のなかから飛雄馬が投じたボールである。 このボール、壁の小さな穴を通って木にあたり、同じ穴を通って飛雄馬の手元に戻るのだ! 当時の野球小僧たちはこぞって、他人の家の塀の穴を探してはボールを投げ込んだもんだ。もちろん、そのボールが手元に戻ってくることはなかったし、大半はその前に雷親父に怒られて逃げ帰ったものだが。 それにしても、この飛雄馬の投球は信じられないくらいにすごい。何がすごいって、まず、木にあたるボールの入射角と反射角が物理の法則に反しているところが、すごい。第二に、跳ね返ったボールが同じ高さを維持して手元に返ってくるのがもっとすごい。たぶん、こんな投球、野茂でも不可能だろう。 ちなみに川上はもっとすごい。このボールを拾い上げた棒っきれで、その壁の穴に打ち返すのだから。おまけに壁の向こう側で酔って寝ている一徹をねらったフシまで・・・。さすが打撃の神様だ。 |
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6 「巨人の星」(講談社KCスペシャル)第1集、163ページ 永遠のライバル花形満のノックアウト打法を打ち破るべく、"火の玉ノック"のやったシーン。それを見ていた明子姉ちゃんが、台所から「お、おとうさんったらひどい! 鬼だわ!」と言いながら裏口から飛び出す場面まで。 |
そして、画 6 は、一徹の火の玉ノック(文字どおり火をつけたボールを飛雄馬に向けてノックしたのだから、命がけだ!)を台所の窓から見ていた明子が、あわてて止めに駆け出す場面である。ここで注目したいのは井戸の存在である。
川上が飛雄馬の球を打ち返した「庭」(前項で検証した庭)に、井戸はいっさい描かれていない(ゆえに、平面図 A 側に井戸はない。また、全編を通読してみても、玄関側に井戸が描かれているコマはひとつもない(ゆえに、平面図 C 側に井戸はない)。そして明子は外に出るために、台所から一度茶の間に向かい、そこから外へ出ている。このことは「裏口」が台所とつながっていない、つまり台所側にはないことの証左ではないだろうか(ゆえに、平面図「台所」側に井戸はない)。 以上から、この井戸は平面図 D 側にあると考えるのが妥当である。 |
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7 「巨人の星」(講談社KCスペシャル)第1集、81ページ 夕食時、大リーグ養成ギブスはもう嫌だと親子喧嘩になった場面。飛雄馬「おろか者の心の発明がこのへんてこりんな悪魔のギブスなんだっ」一徹「大リーグ養成ギブスといえっ」 ちなみに卓袱台の周りには食器が散乱。明子姉ちゃんがハラハラ状態。 |
画 7 を併せてみていただきたい(平面図
E からの画)。
茶の間の一方に引き戸があるではないか。この引き戸の向こう側に何らかのスペースがあることに間違いはない。我々は当初このスペースを押入と考えた(星家は一間の長屋という先入観があったから)。 しかし、画6を今一度見ていただきたい。そう、裏口の横に窓が存在する。我々が押し入れと考えたスペースに・・・。 まさか、いくら「漫画」の世界とはいえ、窓のある押入とは考えにくい・・・。結論、このスペースこそが「飛雄馬と明子の部屋」である! と我々は推定したのである。 |
画 8 「巨人の星」(講談社KCスペシャル)第5集、215ページ PTA会長殴打事件の犯人扱いされ、星雲高校を退学になりかけていた飛雄馬の家に、牧野が自分が真犯人であることを告白しに来たシーン。天井から聖光の如き光が明子に注がれている。一徹、そして牧野までもが笑顔で明子を見守っている。 |
我々は、星家を「6畳一間のボロ長屋」と、決めつけていたフシがある。親子3人川の字になって寝る、狭くわびしい「貧乏長屋」という漠然としたイメージが定着してしまっていたようだ。
だが、それほど狭くもなかったらしい。少なくとも飛雄馬と明子が勉強部屋に使えるだけのスペースはあったようだ(彼らが勉強しているシーンにお目にかかったことはないが)。飛雄馬の成績はずば抜けてよかったらしいから、勉強部屋があったと考える方が理にかなっている。なにしろ、かの名門「青雲高等学校」の入学試験では、満点に近い成績をおさめたというのだから(7)。
結論、星家の間取り。
2K+S(裏口有)。
ちなみに、星家は相当くたびれてはいたが、そんじょそこらの「ボロ長屋」とは訳が違うという一例を、蛇足ではあるがあげておくと、なんと星家には天窓があったのである! 画 8 をみてもらいたい。絶望のどん底にありながら友を思いやる飛雄馬の優しさに感動する明子を描いた場面であるが、彼女の心境を暗示するがごとく、天窓から清らかな光が差し込んでいる。天井に開いた穴などと見紛うまでもない。
天窓まであったなんて、やっぱ、星家はただもんじゃなかったのだ。
さて、星家の間取りは推定できた。では、その方角はどうなのだろうか。
この件については、実は、有力なデータがある。
画 9 「巨人の星」(講談社KCスペシャル)第1集、270ページ 家の玄関。長屋の路地の向こう側に傾きかけた太陽が描かれたコマ。その次のコマでは星家の窓から吹き出しがひっぱられて、「そうか。飛雄馬。合格したか・・・」「うん、やっぱりな。」の台詞が。 ちなみに、ガラスにはツギハギあり。 |
画 9 は、飛雄馬がかの名門「青雲高等学校」に合格した場面の次のシーンである。
この「青雲高等学校」の面接試験後、飛雄馬は貧乏であるが故に不合格であろうと一徹に報告しているのだが、一徹は自信たっぷりの態度で「合格」間違いなしの旨、におわせている。
そして、このシーンでの一徹の独白となるのである。
「そうか、飛雄馬、合格したか・・・うん、やっぱりな」と。
飛雄馬合格の報が次の日の早朝に入ったと考えるのは不合理であるから、このシーンは合格発表の日の夕方、描かれている太陽は、夕日と考えるのが妥当である。ここでもう一度、平面図を見てもらいたいのだが、画に描かれている家の引き戸及び出窓は、通りに面した玄関側のみが該当する。夕日は平面図 a の方向に見えていると限定できるのだ。 一方、画 10は、小学生の飛雄馬に説教をたれている一徹を描いた画である。これも前例同様、星家の玄関前が描かれているが一徹が向いている方角は反対側、平面図 b の方向だ。そして、この方向には高い煙突と工場らしきシルエットが見えている。
画
10 「巨人の星」(講談社KCスペシャル第1集、74ページ) 星家玄関前。正座する飛雄馬。こぶしを握って説教たれる父ちゃん。「いまはすこしばかり野球がうまいとあまやかされる時代だ。おれはおまえが未完成の技術のまま、ちやほやされ、だめになるのがおそろしい」と言った直後のコマ。 (現在にも通じる台詞 ^^;) |
画
11 「巨人の星」(講談社KCスペシャル第7集、114ページ) 昭和43年、日本シリーズで四連覇を果たした後のセントルイスカージナルス戦でオズマと対戦。オズマにお前も俺も野球ロボットと言われて、「人間らしい」生活を取り戻したいと思った飛雄馬。契約更改の席で10割アップを要求して、未更改のまま年越しをした時の初日の出のコマ。(最近でこそ10割アップは当たり前だけど、当時は、ね) |
そして、画 11。これは昭和44年元旦の初日の出を描いた画である。遠くに、工場の煙突らしきものもちゃんと描き込まれているではないか! これで平面図 b の方角が「東」じゃないわけがない。
結論、星家の間取り及び方角は左図のとおりと推定できる。
ちなみに、星家の住所として現在もっとも有力な「東京都荒川区町屋9−16」という住所は実在しない。 |
5) 「磯野家の謎」(編者・東京サザエさん学会、発行所・飛鳥新社)。
6) 「「巨人の星」の謎」(著者・河崎実、発行所・宝島社)。
7) 「巨人の星」(講談社KCスペシャル)第1集、236ページ。
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